今日は準備篇はちょっとおやすみして、早期英語教育について書いてみたいと思います。

今から約2年前、英語留学を目的にセブ島へとやってきた私たち。当初の目的は、子どもの英語教育というよりは、親である私たち自身の英語力アップがメインでした。子どもの英語力については「小さいうちから自然に英語を覚えられてうらやましいな〜」ぐらいの認識で、あまり深く考えていなかった、というのが本音です。

親子留学することになったいきさつについては、このあたりのエントリに書きましたが、当時はまさか2年後に子どものバイリンガル教育でこんなに悩むことになるなんて、予想だにしていませんでした。。。なぜなら、私たちは「小さい頃から英語環境で育てば子どもは自動的にバイリンガルになる」と信じていたからです。


帰国子女は勝手にバイリンガルに……ならない?


実際、私の知っているいわゆる帰国子女と呼ばれる人々は、日本語も英語もとても流暢に話すことができます。例えば、あれは忘れもしない大学時代。友人に誘われて、彼女の友だちの自宅で開かれたホームパーティとやらに行ったときのこと。会場に着いてみたら、まさかの「参加者の半分が外国人」。ちょっとちょっと、聞いてないよぉぉぉぉぉぉぉぉ

なんせ、家に一歩踏み入れた瞬間に玄関から出て来たのがもう外国人でしたからね。パックンマックンみたいな白人男性が「ハーイ」っていう感じで。もう「すみませんまちがえました!」ってクイックターン決めて帰りたい気持ちでいっぱいだったんですが、ほぼ唯一の知ってる英単語「ハロー」でかわしてなんとか最初の関所を突破しました。

ところが部屋に入ると、そこらじゅう英会話の三重奏、四重奏があちこちで奏でられているわけです。どうみても日本人という顔つきの人もペラペラやっている。当時、本当に英語がまったく話せなかった私は、右折のタイミングがわからない初心者ドライバーのごとく、まったく会話に参加できず。とはいえ話しかけられたらそれはそれで地味にピンチなので、ひたすら部屋の隅で気配を消してました。

で、ふと見ると、一緒に来た友人がさっきのパックンマックンと英語でなにやらコミュニケーションを図っておるのですよ。ペラペラペラペラーという感じで。ビバリーヒルズ青春白書みたいな感じで。ペラペラペラーと。

もう ブルータス、おまえもか と。なんで事前に「外国人がいっぱい来るパーティだよ」と教えてくれなかったのか。鬼! と思っていたら、その彼女が、パックンマックンを引き連れて、こっちに向かってきたんです。もう私の中では「こっち来んな! こっち来んな! エマージェンシー、エマージェンシー!」という感じで警報(心拍数)がなりっぱなしだったんですが、その彼女が例のペラペラってアレで私をパックンだかマックンだかに紹介しはじめたんですね。

その時点で、私の頭の中は真っ白。あまりの緊張に、さっきは出て来た「ハロー」すら海馬の奥に引っ込んでしまいまして、もうひたすら半笑い。あんなに全身全霊で半笑いを浮かべたのはあのときが最初で最後かもしれません。

さて、そんな半笑いの私とマックンを残して、なんと友人が「ちょっと飲み物とってくる」なんて言ってその場を離れてしまったんですよ。なんたる鬼の所業。待ってー! むしろ私に飲み物を取ってこさせてー! という心の声も届かず、パックンマックンと2人きりに。その間、パックンはあいかわらずペラペラ言ってるんですが、何を言っているのか見事に一言も聞き取れない。ペラペラペラ → 半笑い → ペラペラ?(疑問形でなんか聞かれた)→ 半笑い、というのを何セットか繰り返して、そしたら最終的にマックンがこうやったんですね。あの、ハリウッド映画とかでよく見る、肩をすくめて両手を広げるアレを。

Boy-confused

その後のことは、ショックであんまりよく覚えていません。とにかく生きた心地のしない時間をやり過ごし、帰り道にその女友達に聞いてみたんです。「なんで英語を話せるの?」と。彼女の答えはこうでした。

「子どもの頃、お父さんの仕事の都合でアメリカに住んでいたことがあるの」

私の頭の中に「アメリカに住む=英語が話せるようになる」という不動の方程式が深く刷り込まれた瞬間でした。ちなみに、ホームパーティは彼女のような帰国子女と日本に留学してる外国人の交流会だった模様。「やっぱり帰国子女はちがうなァ……」。大学生になったばかりの私には、外国人と英語でたのしそうに会話する彼女たちが、ほんとうにまぶしく、かっこよく見えたのでした。

で、英語が話せないおかげでさんざんな目に遭った私ですが、翌日から「ぜったい英語を話せるようになる!」という強い決意のもと勉強に励んだ……という展開にはまったくならず、むしろ「英語ペラペラになるためには、小さいうちから海外に住まないとダメなんだな〜」と完全にあきらめの境地に。

というわけで、そんな経験から「英語を話すには海外に行かねばならない」という見当違いもはなはだしい思い込みに支配されて約20年。紆余曲折あって、セブ島に英語留学することが決まったときは「これで家族みんなで英語ペラペラになれるぜイェイ!」と心の底からワクワクしました。だって、私と夫はもう遅いけど、息子はあの憧れの「帰国子女」になれるわけですから……。

ところが、セブ島に渡って1年以上経った頃、ある出来事をきっかけに、私たちはそれが壮大な「思い違い」だと気づくことになるのです。

長くなったので、つづきはまた明日!


※ パックン、ハーバード卒なんですね。しかも本まで出してた。

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